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3月11日、東日本を襲った大災害の被害者が口にした言葉が、今も私の耳に、心に響いています。「私はすべてを失いました。家族も、家も、仕事も。自分の命だけが助かったことを感謝しています。」すべてを失った。でも、生かされている。今から新しい人生が始まるのだ。崩れ果てた零に等しい仕事場で、明日に希望をかけて立ち上がる。・・・感動の涙を誘う言葉でした。この方の姿が私を、時間と空間を超えた信仰の遥かな世界へと招いたのです。
旧約聖書によれば、今からほぼ4000年前、近東の交易都市ハランに住む族長アブラハムに神様が語りかけられました。
「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、私が示す地に行きなさい。私はあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福する。地上の氏族はあなたによって祝福に入る。」(創世記12・1〜3)
アブラハムは、神様の約束を信じ、未来に希望を託して、行く先も知らぬまま、安住の地を離れて旅立ったのです。言語に絶する困難を乗り越え、示された地、現在のパレスチナに辿り着くことができたのは、ひとえに神様への絶対の信頼と委ねによるのでした。
聖書は、人が「すべてを失った」とき、自分の力を超える驚くべき偉業を成し遂げることを語っています。人間的な望みを抱くすべもない状況の中で、自分の無力さを受け入れ、神様へのゆるぎない信頼と希望を保ち続ける謙虚な人をとおして、神様ご自身が働かれるからです。
未来への発展は、このようなつつましい人々、権力に頼らず、能力を誇らず、名をあげることをよしとしない人々の努力によってこそ、実現して行くでしょう。
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